糖尿病の主要な合併症
Diabetic complication
糖尿病の三大合併症「しめじ」
糖尿病には、血管の太さによって異なる二種類の慢性合併症が存在します。細い血管が影響を受ける場合は細小血管症と呼ばれる合併症です。糖尿病は特に、神経、目の網膜、腎臓などの微細な血管がダメージを受けやすいため、三大合併症として知られています。
「糖尿病神経障害(しんけい)」➝「糖尿病網膜症(め)」➝「糖尿病腎症(じんぞう)」の順番で発症することが一般的です。この3症状の文字を取って、「しめじ」と表現されます。
糖尿病神経障害
糖尿病神経障害は、糖尿病の合併症のなかで一番多い症状です。高血糖が続くと、体の神経系にさまざまな影響が出ることがあります。ここでいう神経系とは、動きや感覚、内臓の働きを制御する運動神経、知覚神経、自律神経のことです。
運動・知覚神経障害は、手足の感覚や動きをコントロールする神経に障害を起こしている状態です。これが原因で、足のしびれや冷たさ、筋肉のけいれんなどが起こります。
足先や足裏は、とくに障害が現れやすい部位です。そのため、画びょうを踏んでも気付かないこともあります。
運動神経に障害が起きた場合には、動きに影響が現れます。たとえば、眼球の動きが制限されるため、物が重なって見える状態に注意してください。また、足先がうまく持ち上がらず、歩行時につまずきやすくなることもあります。
自律神経の障害は、体の内部の機能をコントロールする神経に影響します。立ちくらみや排尿時の問題、胃腸の不調、性的な機能障害などが起こるかもしれません。
主な症状
症状は人によって異なります。足に何かが貼り付いているような感じや、しびれ、ピリピリとした痛みなどが出やすい症状です。
また、頭部の神経に問題があると、目の動きに影響が出たり、顔の一部が動かなくなったり、突然聞こえにくくなることもあります。心臓や消化器に関連する神経が障害された場合には、立ちくらみや不整脈、胃の動きの問題、下痢、便秘などが起こります。
排尿障害や性障害、発汗障害などにも注意が必要です。神経障害の影響は全身に及びます。
主な検査
神経障害の診断には、患者さんが経験している症状についての詳細な問診が重要です。これは、神経障害が糖尿病だけでなく、他の病気からも生じる可能性があるためです。例えば、脊柱管狭窄症や頸椎症、腰椎症、脳梗塞などが原因で神経障害が起こることがあります。
アキレス腱反射検査
医師が特別なハンマーを使ってアキレス腱を軽く叩きます。これにより、足が適切に反応するかを確認し、運動や感覚に関する神経の健康状態を評価します。
モノフィラメント検査
足の裏や甲に軽く触れることで、患者さんが感覚を感じるかどうかをテストします。この検査は、感覚障害を見つけるのに役立ちます。
振動覚検査
振動する音叉を足首の内側に当て、患者さんが振動をどれだけの時間感じるかを測定します。これも感覚障害の有無を調べる検査です。
心拍変動検査
心電図を用いて、呼吸によって心拍数がどのように変化するかを観察します。心拍の変動が少ない場合、自律神経に問題があるかもしれません。
神経伝導検査
電気刺激を用いて神経の反応速度を測定します。この検査は少し痛みを伴うことがありますが、症状がない糖尿病による神経障害の診断に有効です。
注意すること
足の変化には特に注意が必要です。足の小さな傷には、注意してください。高血糖は細菌の増殖を助け、傷の治りを遅らせることがあります。さらに、血管が硬くなる動脈硬化も進行していると、血流が悪くなり、傷が治りにくくなります。これが、最悪の場合、足の切断につながることもあるのです。
日常生活で足に違和感を感じたら、それを見逃したり無視したりせず、記録を取り、医師に相談することが大切です。足の指の間や足裏を定期的にチェックし、変色やしびれ、触れた時の感覚がおかしい場合は、医師に相談してください。初期の症状を見逃すと、足の感覚が鈍くなり、最悪の場合、足の皮膚が潰瘍や壊疽に進行し、足を切断しなければならないこともあります。
神経障害が進行した場合、低血糖を自覚しにくくなることがあるため、低血糖の対処法を確認しておきましょう。
予防方法
糖尿病神経障害の予防には、血糖コントロールと動脈硬化の予防が重要です。血糖コントロールが不十分だったり、高血圧や脂質異常があると、神経障害のリスクが高まります。喫煙や過度な飲酒も避けてください。
すでに神経障害を発症している場合は、フットケアを心がけ定期的な診察を受けましょう。立ちくらみやふらつきがある場合は、医師と相談して適切な対応を取ることが必要です。
糖尿病網膜症
糖尿病網膜症とは、目の奥の網膜という部分にダメージを与える病気です。網膜はカメラのフィルムのようなもので、私たちが見る世界を脳に伝える役割をしています。しかし、糖尿病が原因で血糖値が高くなると、この網膜の細い血管が傷ついてしまいます。
病気が進行すると、詰まった血管を迂回するために新しい血管が生まれますが、これらは非常に弱く、出血しやすいことが特徴です。増殖膜という組織ができると、目の中のゼリー状の硝子体と網膜がくっついてしまいます。加齢によって硝子体が縮むことがあり網膜が引き剥がされて、視力が大幅に低下したり、最悪の場合は失明してしまうため注意してください。
糖尿病患者が網膜症を発症するリスクは、病気の持続期間に比例して高まります。発症までの時間は個人差がありますが、平均して15年経過すると約40%の患者に網膜症が見られます。つまり、糖尿病の経過が長いほど、網膜症になる可能性が高くなるのです。
参考元:社団法人 日本眼科医会 糖尿病網膜症 1-5 糖尿病発症から糖尿病網膜症発症まで
主な症状
もし、物がぼやけて見えるなどの症状が現れたら、病気が進んでいるサインかもしれません。目が見えているからといって、問題がないと自己判断するのは危険なため避けてください。この病気は、目に明らかな症状が出るまで気づきにくいため、定期的に眼科で検査を受けることが重要です。
網膜の中心部にある黄斑という重要な部分に腫れが生じることがあり、これを糖尿病黄斑浮腫と呼びます。この状態は、網膜症のどの段階でも発生する可能性があり、視力低下の原因となることがあります。
糖尿病網膜症以外にも、緑内障や白内障、ドライアイ、角膜炎症、そして視力の問題(遠視や近視)など、目に関する他の病気にも注意が必要です。これらの病気は、糖尿病網膜症とは別に、目の健康に影響を与える可能性があります。
進行による分類
糖尿病網膜症は、糖尿病が原因で目の奥にある網膜に生じる変化を指します。日本では、これらの変化を評価するために「改変Davis分類」という方法が広く用いられています。この分類には進行によって3つの段階があります。
【単純糖尿病網膜症】
最初の段階は目に大きな変化は見られませんが、網膜の血管に小さな変化が始まっています。糖尿病による高血糖が原因で、網膜の細い血管が弱くなり、膨らんだり、血液が漏れたりします。これにより、血液成分が網膜に蓄積し、視力に影響を与えるかもしれません。
蛋白質や脂肪が血管から滲み出て、網膜に小さな斑点、いわゆる硬性白斑を作ることがあります。これは血糖値が安定していないときに起こりやすい現象です。血糖値を適切に管理することで、これらの斑点は改善される可能性があります。
【前増殖糖尿病網膜症】
病状が進行すると、網膜の血管が詰まり、酸素や栄養が不足する部分が生じます。これにより、近くの小さな血管が異常に拡大したり、曲がったりします。また、血液不足により網膜の神経が腫れることもあります。ここでは視野がぼやけるなどの症状が出ることがあります。
【増殖糖尿病網膜症】
最も進行した段階で、酸素不足を補うために新しい血管が網膜に生じます。これは非常に壊れやすいため、出血を引き起こすかもしれません。
新しい血管の周りには増殖膜が形成され、これが網膜を引っ張り、剥がれることがあります。この状態は、視力の低下や失明につながる可能性があるため治療では手術が必要です。
手術によって状態が改善されることもありますが、日常生活で必要とされる視力が完全に戻るとは限りません。病状が進むと、血糖値のコントロールに関わらず網膜症は悪化し続けることがあります。特に若い人の場合、病状の進行が速い傾向があるため、早期の対策と注意が大切です。
検査
症状が現れるのは病気が進行してからのことが多いため、糖尿病の方は自覚症状がなくても、定期的に眼科で検査を受けることが大切です。これにより、早期に網膜症を発見し、視力の低下や失明を防げます。
眼科での検査には、以下のようなものがあります
眼底検査
目の奥を詳しく見て、網膜の状態をチェックする
屈折検査
近視、遠視、乱視などの屈折異常がどの程度あるかを確認
眼圧測定
目の圧力を測り、緑内障などのリスクを評価
細隙灯顕微鏡検査
目の前面の構造を詳しく調べる
蛍光眼底造影
特殊な染料を使って、網膜の血管の流れを確認
光干渉断層計(OCT)
網膜の断面を詳しく見て、黄斑の腫れなどを調べる
糖尿病腎症
糖尿病を持つ方の中で、約40%の方が腎臓の問題を抱えているとされています。
腎臓は体内でフィルターの役割を果たしており、血液中の不要な物質を取り除いて尿として排出します。この重要な仕事を行っているのが、腎臓内にある小さな構造である糸球体という部分です。糸球体は、細かい血管が球状に絡み合っており、血液が通過する際に老廃物や余分な塩分、水分を取り除いてくれます。
糖尿病が原因で血糖値が高くなると、糸球体がダメージを受け腎臓のフィルター機能が徐々に低下していきます。これが糖尿病腎症と呼ばれる状態です。老廃物が体内に蓄積したり、本来は体に留めておくべきたんぱく質が尿に漏れ出たりすることがあります。そのため、病気が進行した場合には、血液を綺麗にするために透析治療が必要になるかもしれません。
主な症状
糖尿病腎症は初期段階では自覚症状がほとんどないことが特徴です。病気がかなり進行した後に、貧血、高血圧、疲れやすさ、むくみ、吐き気、食欲不振などの症状が現れ始めます。
症状が重篤になると、腎臓の機能を補うために人工透析が必要になる場合があります。
人工透析とは
人工透析は、腎臓が十分に機能しない場合に用いられる治療法です。腎臓の機能が病気によって低下したとき、人工透析がその代わりを果たし、体内の不要な成分を取り除き、体のバランスを保てます。
人工透析を開始する原因の1位が糖尿病です。2018年に新たに透析治療を始めた方は約38,000人いました。その中で、糖尿病が原因で腎機能が低下し、透析を必要とした方は約16,000人、全体の42.3%です。そのため、腎障害の予防と早期発見が重要といえます。
参考元:厚生労働省 糖尿病性腎症重症化予防の最近の動向 P4
透析療法には大きく分けて血液透析と腹膜透析の2つの方法があります。
【血液透析】
血液透析は、専用の機械を使って体外で血液をきれいにする方法です。血液を体外に出し、機械で不要な老廃物や余分な水分を取り除き、きれいになった血液を体内に戻します。この治療を受けるためには、腕に小さな手術をして血液の出入り口をつくらないといけません。通常、週に3回、1回につき3~5時間の治療が必要です。
【腹膜透析】
腹膜透析は、お腹の中にある腹膜という膜を利用して行います。透析液をお腹に注入し、一定時間後に老廃物を含んだ液体を体外に排出することで、血液をきれいにする方法です。この方法は自宅で行えるため、毎日の治療が可能です。
どちらの透析方法も、腎臓の機能を代替するもので、それぞれにメリットとデメリットがあります。血液透析は通院が必要ですが、腹膜透析は自宅で行えるため生活スタイルに合わせて選べます。ただし、どちらの方法も感染症のリスクがあるため、注意しないといけません。
検査
糖尿病腎症は初期には自覚症状がないことが多いため、定期的に検査を受けることが大切です。尿検査と血液検査は、腎臓がどれだけうまく働いているかを示すバロメーターです。
尿検査では、腎臓のフィルター機能をチェックします。フィルター機能が低下すると、本来は排出されないはずのアルブミンやタンパク質が尿中に見られるようになります。これらの成分が尿中に多く見られるほど、腎臓のダメージが進んでいると考えてください。
血液検査では、腎臓のろ過能力、つまりどれだけ血液をきれいにできるかを測定します。これは糸球体ろ過量(GFR)と呼ばれ、クレアチニンの値をもとに算出されます。GFRが低い場合は、腎臓のろ過機能が低下しているということです。
これらの検査結果をもとに、糖尿病腎症の進行度を判断し、適切な治療計画を立てられます。一方で、職場や地域の健康診断で行われる一般的な尿検査や血液検査では、腎症が進行してからでないと検出ができません。
予防と注意点
糖尿病腎症を防ぐためには、血糖値をしっかりと管理し、動脈硬化を防ぐことが大切です。血糖値の管理が不十分であったり、高血圧、脂質の異常、喫煙などが糖尿病腎症のリスクを高めます。健康的な食事、適度な運動、禁煙、ストレスを上手に管理することで、これらのリスクを減らせます。
感染症や脱水は腎臓に負担をかけるため、予防して水分を十分に摂取しましょう。また、腎機能が低下している場合には、使用できない薬や用量を調整が必要な薬があります。市販薬を使用する前には医師に必ず相談してください。
糖尿病に大血管合併症「えのき」
糖尿病の合併症で、太い血管が関係する場合は大血管症とされています。「大血管」とは、一般的に心臓、脳、または足にある主要な血管のことです。
高血糖の状態が続くと、太い血管にも悪影響を及ぼし、全身に酸素や栄養を運ぶ動脈が傷つきます。動脈が傷つくと、壁が硬くなり最終的には弱くなってしまいます。これが「動脈硬化」です。
動脈硬化が起こると、血管が狭くなり、血液がうまく流れません。身体に十分な酸素や栄養が届かなくなり、臓器が正しく機能しなくなったり、傷ついたりすることがあります。
動脈硬化は糖尿病だけに限りませんが、糖尿病があることで発症しやすいため注意しましょう。「足の壊疽(えそ)」「脳卒中(のうそっちゅう)」「虚血性心疾患(きょけつせいしんしっかん)」の3つが代表的な合併症です。この3つの文字を取って、「えのき」と表現します。
足壊疽
糖尿病の方は、手足の血管も傷つきやすい状態です。これにより、足の血管が狭くなり、さまざまな症状が現れ始めます。足が冷たく感じたり、しびれたりする症状が現れる理由は、血流が不十分になることが原因です。
血管が狭まり血流が不十分な状態がさらに進行すると、歩行時に足が重く感じられたり、痛みを伴うようになります。安静時でも足に痛みが出るようになり、最終的には潰瘍や壊疽などが発生します。壊疽は、血流が不足して組織が死んでしまう病状のため、治療が難しくなり、場合によっては足を切断をしなければいけません。
3つの原因
足の壊疽が起こる理由は主に3つの要因があります。
感染
糖尿病は体の感染に対する抵抗力を弱めるため、足が感染しやすくなります。感染は痛みを伴うことが少ないため、気づかないうちに重症化することがあります。治療には、感染した部分を取り除く手術と抗生物質の使用が一般的です。ひどい場合には、足の一部を切断しなければなりません。
神経障害
糖尿病は足の感覚を失わせることがあるため、これにより足の変形や傷ができやすくなります。足の変形は圧力のかかる部分にタコを形成し、さらに傷ができやすくなります。治療には、圧力を分散させるための特別な靴やインソールの使用、タコの定期的な除去が必要です。
虚血
足の血流が悪くなると、潰瘍や壊疽が発生しやすくなります。治療には、血流を改善するための手術や薬物療法が含まれますが、これらの治療は再狭窄のリスクがあり、長期的な効果を保つことが難しいかもしれません。
検査
糖尿病による足の問題を調べるための一般的な検査は以下になります。これらの検査により、糖尿病による足の問題を早期に発見し、適切な治療を行えます。
足の診察
医師は足を詳しく調べて、変形やタコ、潰瘍、壊疽などがないかを確認します。
末梢動脈疾患の検査
足の血管が狭くなっているかどうかを調べる検査です。足の潰瘍や感染のリスクを評価します。この検査は、足の血流を改善するための治療が必要かどうかを判断するために役立ちます。
神経障害の検査
足の感覚が鈍くなっているかどうかを調べることで、傷や感染に気づかないリスクを評価します。アキレス腱反射や振動覚検査などが行われます。
感染症の検査
足の状態を観察して、感染の兆候がないかをチェックします。爪が変形していたり、赤く腫れていたり、膿が出ていたりする場合は、感染しているかもしれません。水虫菌の有無を調べるために、爪や皮膚の一部を採取することもあります。
重症の感染が疑われる場合は、血液検査や画像検査を行って、状態を詳しく調べます。
予防方法
糖尿病の方は、足の怪我ややけどに特に注意が必要です。小さな傷が大きな問題につながることがあるため、日常生活での予防が重要です。
靴下を着用する
家の中でも靴下を履くことで、小さな傷を防ぎます。通気性の良い、適切なサイズの靴下を選びましょう。白い靴下は出血に気づきやすいためおすすめです。
靴のチェック
靴を履く前には、中に異物がないか確認してください。感覚が鈍いため、小石などが原因で傷がつくことがあります。
適切な靴選び
足に合ったサイズと形の靴を選び、ハイヒールは避け、足全体を覆うタイプの靴を選びましょう。新しい靴は徐々に慣らしていくことが大切です。
やけどを防ぐ
暖房器具の使用に注意してください。こたつやヒーターの近くで足を温めすぎないようにしましょう。低温やけどにも注意が必要です。湯船に入る前には必ず手で湯加減を確認し、やけどを防ぎましょう。温度計の使用も有効です。砂浜やプールサイドは非常に熱くなることがあるため、やけどに注意し日焼け止めを使用してください。
足のチェック
毎日足をチェックし、異常があればすぐに医師に相談してください。ウオノメやタコは自分で取らず、専門家に任せましょう。
足の手入れ
爪は直線に切り、深爪を避けてください。足の清潔を保ち、乾燥を防ぐために保湿クリームを使用しましょう。
糖尿病の方の下肢切断のリスク
日本では糖尿病患者の下肢切断のリスクが非糖尿病者と比べて非常に高いことが 奈良県立医科大学の研究グループによって報告されました。2013年4月から2018年3月まで、150万人を対象に行われた研究です。
糖尿病患者での大切断の発生率は10万人あたり年間約21.8人で、非糖尿病者でのそれは2.3人と、糖尿病患者のリスクが約9.5倍高いと報告されています。
また、対象期間の5年間で足首より上の部分で行われる「大切断」の例は3万0187人、足首から下の「小切断」の例は2万9299人であり、年間1万人以上の人が新たに脚の大切断または小切断に直面していることになります。
参考元:糖尿病の有無における下肢切断の発生率:日本における全国的な5年間のコホート研究
下肢切断後の予後
ここでは、少し怖い話をします。足の切断をした場合は日常生活において影響は避けられません。多くの場合、寝たきりの状態になります。糖尿病の方の場合、手術後の最初の年に生存する方は約60%です。5年が経過すると生存している人の数はさらに減少し、80%以上が亡くなっているとのデータがあります。
参考元:下肢切断術後の予後について
足の壊疽が発生した場合でも、医師はさまざまな治療法を用いて、可能な限り切断を回避しようと努力します。しかし、時には病変が進行し切断が避けられない状況もあるのです。そのため、普段から足病変の予防や早期発見、適切な治療が非常に重要です。
脳卒中
脳血管障害は、脳に酸素や栄養を運ぶ血管に問題が起きる病気です。この病気には主に二つのタイプがあります。一つは「脳梗塞」で、これは血管が詰まってしまい、脳の一部が機能しなくなる状態です。もう一つは「脳出血」で、血管が破れて脳内に出血することを指します。
糖尿病の方は、そうでない方に比べて、脳梗塞を起こしやすいため注意してください。また、糖尿病の人は脳血管障害が起きた後、亡くなるリスクも高いと言われています。
脳梗塞
脳梗塞は、脳への血流が何かしらの障害で止まってしまい、脳細胞がダメージを受ける病気です。この状態が起こると、体の片側に力が入らなくなったり、感覚が鈍くなったり、話すことが難しくなったりします。また、見える範囲が狭くなったり、ふらつきや意識がもうろうとしたりすることも症状のひとつです。
これらの症状は突然に現れることが多く、回復後も何らかの影響が残ることがあります。重要なのは、これらのサインが見られたらすぐに医療機関へ行くことです。早期の治療が回復に大きく影響します。
糖尿病は、脳に影響を与える重要なリスク要因の一つです。糖尿病を持つ人は、脳梗塞を発症する可能性が2~3倍高まります。糖尿病の人は、血液がドロドロになりやすく、それが原因で脳の中の血管が詰まったり、壊れたりして脳梗塞を起こしやすくなります。
脳卒中を予防するためには、血糖値をコントロールすることが重要ですが、ただ血糖値を下げるだけでは十分ではありません。血圧を正常に保ったり、体の脂肪の量を減らしたりすることも大切です。薬を使ってこれらをコントロールすることが、脳梗塞を防ぐのに役立ちます。
脳梗塞を起こさないようにするためには、健康な生活を送ることがとても大事です。バランスの良い食事を心がけたり、適度な運動をしたりすることで、糖尿病の人でも脳梗塞を防げます。もし脳梗塞を一度起こしてしまったら、再び起こさないように、医師の指示に従って治療を続けることが重要です。
糖尿病患者は、これらのリスクを理解し、適切な生活習慣と治療を続けることで、脳卒中のリスクを減らせます。
脳出血
脳出血は、脳の中の小さな血管が破れてしまい、脳内に血液が漏れ出る状態を指します。この出血によって、脳内に血の塊(血腫)ができ、時間が経つにつれて脳が腫れてきます。血腫と腫れが脳を圧迫し、それが吐き気や意識の変化などのさまざまな症状を引き起こします。これらの症状は、脳への損傷が進行しているサインであり、早急な治療が必要です。
脳卒中の検査
脳卒中の診断には、以下のような検査が行われます。
頸動脈超音波検査
首にある血管を超音波でスキャンし、血管が詰まっていないか、動脈硬化を示すプラーク(コレステロールが蓄積したもの)がないかをチェックします。
頭部MRI・MRA検査
脳の血管が狭くなっていないか、脳梗塞が起きていないかを評価します。
頭部CT検査
脳の血管の状態を詳しく調べ、特に発症直後の脳出血については、この検査が非常に有効です。
脳血流シンチグラフィ
脳への血液の流れがスムーズかどうかを確認するための検査です。
虚血性心疾患
虚血性心疾患とは、冠動脈が影響する病気のことです。糖尿病がある人は糖尿病がない人に比べて、虚血性心疾患の発症リスクが約2~4倍高くなります。さらに、これらの病気は症状が表れずに進行することも少なくありません。
冠動脈とは、心臓の表面を走る重要な血管のことで、心臓自体に酸素と栄養を供給しています。冠動脈は、心臓がスムーズに動くための「燃料ライン」のようなものです。この血管が健康であれば、心臓は効率的に働き、私たちの体全体に血液を送り出せます。
しかし、冠動脈が狭くなったり、詰まったりすると、心臓への血流が減少し心臓は十分な酸素を受け取れません。これが心臓の筋肉が酸素不足に陥ります。この状態が心筋虚血です。狭心症や心筋梗塞の原因になります。
糖尿病の人は、血糖値が高い状態が続くと血管がダメージを受けやすくなり、冠動脈が狭くなるリスクが高まるため、リスクが増します。
狭心症
狭心症は、心臓への血液の流れが妨げられる状態を指します。この状態が進行し、冠動脈が完全に塞がれてしまうことで、心臓の一部が損傷を受ける重大な状態が心筋梗塞です。
狭心症の主な症状は胸の痛みで、しばしば圧迫感を伴います。この痛みは数分間続くことが多く、運動やストレスが原因で発生することがありますが、休息を取ることで改善されることが特徴です。また、痛みは胸だけでなく、喉、歯、腕、背中、または上腹部にも広がることがあります。肩こりや胸焼けのような症状も狭心症ではみられます。
もし軽い運動や安静時にも胸の痛みが発生したり、痛みの持続時間が長くなったりする場合は、不安定狭心症かもしれません。これは、心筋梗塞に短期間で進行するリスクが高いため、特に注意が必要です。
心筋梗塞
心筋梗塞は、心臓の筋肉に必要な酸素や栄養を運ぶ血管が詰まった状態です。心臓の筋肉が酸素不足になり、最終的には筋肉が死んでしまう状態になります。
心臓の筋肉は、冠動脈という3本の血管が心臓の表面を覆うように広がっています。もし冠動脈が詰まれば、その先の心筋は必要な酸素と栄養を得られません。そのため、壊死してしまいます。
一度壊死した心筋は元に戻りません。心筋が機能しなくなると、心臓は全身に血液を送る力を失うため、生命を維持するためには迅速な治療が必要です。心筋梗塞は、早期発見と治療が重要になります。
糖尿病の方が冠動脈の病気になった場合の特徴
糖尿病の方が冠動脈の病気を併発すると、いくつかの特徴が見られます。通常、心臓の病気では胸の痛みが一般的な症状です。しかし、糖尿病の方は胸の痛みを感じにくいことがあり、狭心症や心筋梗塞のサインを見逃すかもしれません。
さらに、糖尿病の方では心臓の血管が広範囲にわたってダメージを受けていることが多い特徴があります。心臓が血液を送り出す力が弱まるため、心筋梗塞を経験した後の死亡率が高くなる傾向があります。
検査
定期的な健康診断で心臓の状態をチェックし、異常が見つかったらすぐに医師の診察を受けることが大切です。心臓の健康をチェックするための主な検査方法は以下になります。
心電図
心臓の電気活動を記録し、心筋虚血の兆候を探します。異常が見られた場合、さらに詳しい検査が必要になります。
心臓超音波
超音波を使って心臓の動きをチェックし、機能に問題がないかを確認します。
冠動脈CT
冠動脈の詰まりや狭窄を画像で見る検査です。
負荷心筋SPECT
心臓の筋肉への血流を測定し、血液の流れが悪い部分を特定します。
冠動脈造影
カテーテルを使って冠動脈の中を直接見られるため、詰まりや狭窄を詳しく調べられます。
糖尿病の急性合併症
糖尿病は長期にわたって起こる慢性合併症だけではありません。急激に血糖値が非常に高くなる、急性合併症にも注意が必要です。急性の高血糖が発生することで、初めて糖尿病であることが判明することもあります。
急性合併症は感染症や脱水、治療の中断、甘い飲み物の過剰摂取などによって引き起こされることがあります。急激な血糖値の上昇は、糖尿病ケトアシドーシスや高浸透圧高血糖状態といった急性合併症を引き起こすかもしれません。
どちらも血糖値が非常に高くなり、体内の水分が不足してしまうため腎臓や肝臓などの内臓に大きな負担をかけます。
さらに、血液が固まりやすくなることで血栓症という状態を引き起こすことがあります。これは、血管の中に血の塊ができてしまい、血液の流れを妨げる病気です。これにより、脳や腸、足の動脈などが詰まってしまう危険があります。
高血糖を予防し、発生した場合にはすぐに治療を受けることが重要です。
糖尿病性ケトアシドーシス
インスリンが不足している状態で起こる深刻な合併症になります。インスリンは通常、血糖を細胞に運び、エネルギーとして利用するために必要です。このホルモンが不足すると、体は代わりに脂肪を分解してエネルギーを得ようとします。この過程でケトン体が生成され、血液が酸性に傾くことで、ケトアシドーシスが発生します。
原因
1型糖尿病の方が起きやすい合併症です。糖尿病が発症した時やインスリン注射を怠った時、または感染症や怪我などでインスリンの需要が増大した時に見られます。
2型糖尿病の人でも、感染や外傷などで大きなストレスがかかった場合、大量の清涼飲料水を摂取した場合に発生することがあります。清涼飲料水によって起こる高血糖は、清涼飲料水ケトーシスという合併症です。
【清涼飲料水ケトーシス】
ペットボトル症候群とも呼ばれています。糖尿病を軽度に持つ人が、病気に対する認識が不十分なために、砂糖が多く含まれている飲み物を過剰に摂取してしまい、それが原因で血糖値が異常に高くなる状態です。
これは、青年期の肥満傾向にある男性に多く見られます。高血糖が引き起こす口渇を、さらに同じような甘い飲み物で解消しようとすることで血糖値がさらに上昇します。
症状
血糖値が250mg/dL以上に上昇し、最悪の場合は昏睡状態に至るため早期の治療が必要です。
のどの渇きや水をたくさん飲むこと、頻繁にトイレに行くこと、体重が減ること、そして疲れやすいことが急に始まります。症状が進むと、息苦しさや呼吸が速く深くなる(これをクスマウル呼吸と言います)、気持ち悪さ、吐き気、お腹の痛み、意識がもうろうとするなどが現れることがあります。
治療
症状が現れたら、すぐに血糖値を測定し、医療機関に連絡しましょう。治療には、入院しての点滴とインスリン注射が必要です。点滴は体内の水分バランスを回復させるために行われます。高度な脱水状態やショックの症状を改善するために、点滴を通じて水分と電解質を補給します。
この治療は体内のバランスを整え、症状を和らげ、さらなる合併症を防ぐために不可欠です。専門の医療スタッフが状態を見ながら、適切な量の輸液とインスリンを調整します。
予防
適切なインスリン管理と健康的な生活習慣によって予防することが可能です。甘い飲み物の過剰摂取に注意し、定期的な血糖値のチェックを行ってください。症状に気づいたら、早めに医療機関に相談しましょう。
高浸透圧高血糖状態
高浸透圧高血糖症候群は、糖尿病の急性の合併症の一つで、特に2型糖尿病の方に見られることが多い状態です。この症状では、血糖値が非常に高くなり(600mg/dL以上)、体内の水分が不足してしまいます。これにより、時には意識障害を引き起こすこともあります。
この症候群は、糖尿病ケトアシドーシスとは異なり、インスリンの作用が完全には失われていません。身体が脂肪を分解してケトン体を大量に作り出すことは少ないです。しかし、血糖値は非常に高くなるため、注意してください。
原因
高齢者に起こることが多い合併症です。肺炎や尿路感染症などの感染症、脱水、手術後のストレス、脳梗塞や心筋梗塞など、糖尿病以外の病気が原因で発生することがあります。また、ステロイド薬や利尿薬の使用、ホルモン異常を引き起こす病気(クッシング症候群やバセドウ病など)も、この症候群の発症に関係していることがあります。
治療
治療には、まず脱水状態を改善するために水分を補給することが重要です。そして、高い血糖値を下げるためにインスリンの注射が行われます。
その他の急性合併症
その他の急性の合併症には、乳酸アシドーシスや低血糖状態による昏睡があります。
乳酸アシドーシス
メトホルミンは2型糖尿病の治療に広く使用される薬剤です。通常は安全性が高いとされていますが、稀に重大な副作用として乳酸アシドーシスを引き起こす可能性があります。
乳酸アシドーシスは、血液中の乳酸濃度が異常に高くなり、体が酸性に傾く状態です。吐き気、お腹の痛み、全身のだるさ、筋肉痛、息苦しさなどの症状を引き起こすことがあります。
腎機能障害のある方、重度の肝機能障害がある方、脱水状態の方、過度のアルコール摂取をする方、感染症を持っている方、高齢者などは乳酸アシドーシスのリスクが高まるため注意してください。また、ヨード造影剤を使用する時は、一時的にメトホルミンの服用を中止しないといけません。
低血糖
低血糖は、血中の糖分が通常よりも低くなる状態を指します。特に糖尿病の方が薬を使用している場合によく見られます。血糖値が70mg/dL以下になると、体は自然に血糖を上げようとしますが、50mg/dL未満になると、脳を含む中枢神経がエネルギー不足に陥り、低血糖の症状が現れます。
【症状】
症状は人によって異なり、中には血糖値が低くても症状を感じない「無自覚性低血糖」の方もいます。意識を失ったり昏睡状態になると、生命に危険が及ぶ緊急事態のため迅速な対応が必要です。
血糖値が約70mg/dL以下になると、体はエネルギー不足を感じて反応し、手の震え、発汗、心拍数の増加、めまい、空腹感、イライラ感、不安などが中枢神経症状としてあらわれます。
血糖値が50mg/dL程度に低下すると、脳や他の中枢神経が影響を受けるため危険です。症状には、集中力の低下、言語障害、視覚障害、混乱、異常行動、けいれん、意識の喪失などがあります。
【原因】
低血糖の原因はさまざまです。食事の量が少ない、運動量が多い、薬の影響、アルコール摂取、入浴後などが挙げられます。
【発生時の対応】
低血糖を感じたら、速やかに糖分を摂取することが大切です。意識がある場合は、砂糖水やジュースを飲みましょう。意識がない場合は、周囲の人がグルカゴン注射を行うことがあります。
【予防】
低血糖の予防としては、食事や運動の管理、薬の適切な使用が重要です。特に運動をする際は、空腹時を避け必要に応じて糖分を摂取しましょう。また、運転中に低血糖を感じたら、すぐに安全な場所に停車し糖分を摂取してください。
糖尿病と感染症
糖尿病と感染症には密接な関係があります。研究によると、感染症自体が糖尿病の発症リスクを高める可能性があることが示されています。また、糖尿病の方はさまざまな感染症にかかりやすく、血糖値の管理が不十分な場合、感染症が悪化しやすいという現実があります。これは、血糖値が高いと免疫システムが正常に機能しなくなり、感染症と戦う力が弱まるためです。
感染症にかかりやすい理由
糖尿病の方が感染症にかかりやすい理由は、主に血糖値の上昇によるものです。血糖値が高いと、体を守るために働く白血球の力が弱まります。これは、体内の警察のような役割をする白血球が、病原菌を捕まえて退治する能力が低下するためです。
さらに、糖尿病が原因で血液の流れが悪くなったり、神経がうまく働かなくなったりすることも、感染症が重くなる要因となります。糖尿病の方で人工透析を受けている場合には、感染のリスクが高まることが知られています。これらの状況が合わさることで糖尿病の方は感染症にかかりやすく、また重症化しやすいのです。
かかりやすい感染症
糖尿病の方がかかりやすい感染症には、尿路感染症や呼吸器感染症、胆道感染症、皮膚感染症、そして歯周病などがあげられます。これらの感染症は、糖尿病がない人よりも重くなる傾向があります。
また、糖尿病の方は免疫力が低下しているため、通常は感染しないような珍しい部位に感染するかもしれません。これには、耳の奥の感染症や、腎臓の感染症、胆嚢や筋肉の組織に影響を及ぼす感染症などがあり、診断が難しい場合もあります。
以下に代表的な感染症を紹介します。
肺の感染症
糖尿病の方は、肺に関する感染症にも特に注意が必要です。たとえば、肺炎や肺膿瘍、肺ノカルジア症などが代表的な肺の感染症です。これらは肺の組織が感染することで起こります。
糖尿病の方は結核に感染する可能性も高く、結核と診断された方の1~2割が糖尿病の方という報告があります。
肺の感染症の診断には、レントゲンやCTスキャンのような画像検査、血液検査、そして痰の検査をすることが一般的です。治療には、抗生剤を使った点滴や飲み薬を使用します。
もし熱が下がらなかったり、普段とは違う長引く咳があったりする場合は、早めに医師の診察を受けてください。
尿路の感染症
尿路感染症は、もっとも起こりやすい感染症です。膀胱や腎臓などの尿路に感染が起きます。糖尿病の方は、神経障害により尿の排出がスムーズに行かないことがあり、その結果、感染しやすくなることがあります。糖尿病でない人と比べると、尿中に細菌が見られる割合が2~5倍高いそうです。そのため、糖尿病の方では、男性で約5%、女性で約10%が膀胱炎を発症しています。
尿路感染症は、頻繁にトイレに行きたくなったり、尿が残っている感じがしたり、高熱や寒気を感じるなどが症状です。これらの症状があれば、様子見たりせず早めに医者に診てもらいましょう。
診断は、尿検査や血液検査、画像検査を通じて行われます。治療には、抗菌薬を服用することが一般的です。尿路感染症は適切な治療を受ければ治癒することが多いため、症状に気づいたらすぐに医者の診察を受けることが大切です。
皮膚の感染症
糖尿病の方は感覚が鈍くなったり、血流が悪くなると、傷が治りにくくなり、感染症のリスクが高まります。これが皮膚の感染症につながるため、注意してください。
特に足の皮膚は、乾燥や小さな傷から感染しやすく、皮膚が乾燥してかゆみが出ると、かきむしることで傷口から細菌や真菌が入り込みやすくなります。足の指の間や爪にはカンジダ症や水虫が生じやすい場所です。
また、糖尿病の方は糖尿病水疱症といって、足に痛みを伴わない水ぶくれや血の入ったぶくれができることがあります。この水泡が破れた場合は感染のリスクが高まるため、最悪の場合壊疽するかもしれません。そのため、足のケアは非常に重要です。
皮膚に異常を感じたら、すぐに医師の診察をうけましょう。発症部位によって、皮膚科か産婦人科、泌尿器科などを受診してください。
血液検査や画像検査を行い、皮膚をこすって得たサンプルを顕微鏡で調べることで、感染の原因を特定します。治療には、細菌に対しては抗菌薬、真菌に対しては抗真菌薬が用いられます。
歯周病
歯周病は、歯と歯茎の間にある小さな隙間で起こる炎症です。歯周病の症状は歯茎の出血や腫れ、時には膿がでます。進行した場合には、歯が長く見えるようになったり、最終的には歯が抜け落ちたりするため注意してください。
糖尿病の方は、健康な人よりも歯周病になる可能性が約2.6倍も高いとの報告があります。血糖値が高い状態になると口の中にできた傷が治るのが遅くなったり、感染が起こりやすくなることが原因です。また、血糖値が高いことで唾液の量が減り口の中が乾燥するため、清潔さが保てず歯周病にかかりやすくなります。
血糖値をうまく管理できない場合、歯周病が悪化しやすくなるため注意してください。歯茎の血管がダメージを受けることで、歯茎の下の組織への血流が悪くなり、炎症が起こりやすくなります。
一方で、歯周病自体が糖尿病のコントロールを難しくする要因です。炎症を引き起こす物質がインスリンの働きを妨げるため、歯周病によって血糖値が上がります。歯周病と糖尿病はお互い影響しあう関係です。そのため、歯周病の治療は糖尿病の管理にも欠かせません。予防するためには定期的な歯科検診と適切な口内ケア、血糖の管理が大切です。
糖尿病の方が感染によって起こるシックデイとは
糖尿病の方が感染症にかかると、発熱や下痢、嘔吐などの症状が現れることがあります。これらの症状が出るときや、食欲がなくなって食事が摂れない状態のことを「シックデイ」と呼びます。体調が悪い日という意味です。
普段はインスリンを使わず血糖値をうまく管理できている方でも、血糖値が急激に上がってしまうことがあります。特に、1型糖尿病の方は血糖値が上がりやすいため注意しましょう。また、食事ができない場合には、血糖値が低くなることもあるため、血糖値をチェックすることが重要です。
感染症の予防方法
血糖コントロールが悪い方ほど、感染症にかかりやすいという報告があるため血糖値を適切に管理することが、感染症を予防する上で非常に重要です。血糖値を正常範囲に保つことで、神経障害や血管障害などの合併症を防ぎ、感染症のリスクを減らせます。
自分の体調に敏感になり、少しでも異変を感じたら早めに対処することが大切です。足の傷は見逃しがちですが、感染の入り口になりやすいため定期的にチェックしましょう。
糖尿病の方は免疫力が低下している可能性があるため、インフルエンザワクチンや肺炎球菌ワクチンの接種は予防のためにおすすめです。高齢者や他の病気を持っている方にとって、重症化を防ぐために役立ちます。公費で受けられる場合もあるため、主治医と相談して自分に合った予防策を選びましょう。
そのほかの合併症(全身に及ぶもの)
糖尿病が影響し、発症しやすい病気には以下のようなものもあります。
• がん
• 高血圧
• 骨粗鬆症
• 皮膚症
その理由についてみていきましょう。
がん
糖尿病とがんのリスク 糖尿病、特に2型糖尿病を持つ人は、がんになるリスクが20%ほど高まります。日本では肝臓がんのリスクが2倍、膵臓がんが1.9倍、大腸がんが1.4倍になると考えられています。そのため、糖尿病の方はがんの検診も重要と言えるでしょう。海外の研究では、子宮内膜がんや乳がん、膀胱がんのリスクも高いという報告がされています。
高血糖は酸化ストレスを引き起こすため、がんの発生につながる要因です。2型糖尿病の方は、症状がなくても全身に慢性的な炎症が見られることがあり、がんのリスクを高めるとされています。
不健康な食生活や運動不足、喫煙といった生活習慣は両方の病気のリスクを高めるため注意してください。また、インスリン抵抗性も関係あるとされています。インスリン抵抗性とは、身体がインスリンに反応しなくなる状態です。これががん細胞の増殖を促進する可能性があります。
高血圧
血圧とは、心臓が血液を体中に送り出すときに、血液が血管にかかる力のことです。血液の量が多い場合、その力は強くなり結果として血圧は高くなります。また、血管が狭くなったり硬くなった場合には、血液が通るスペースが小さくなるため、より強い力で押し出さないといけません。その結果、血圧が上がります。
糖尿病の方の約40~60%が高血圧を合併し、逆に高血圧の方が糖尿病を発症している割合は通常の2~3倍高いと報告されています。
【原因】
血糖値が高いと、血液に水分が多くなるため、それが血圧を上げる要因です。また、糖尿病によって腎臓の機能が低下した場合、水分やナトリウムの排出がうまくいかなくなることも、血圧を高めます。
ナトリウムの蓄積は、体内の水分量を増やし、結果として血圧を上昇させる可能性があります。そのため、糖尿病によるインスリン抵抗性も血圧を上げる要因です。これによって、インスリンが過剰に分泌された場合、体内にナトリウムが蓄積されます。
肥満にも注意しないといけません。体重が増えると、血圧を高めるホルモンをたくさん分泌し、血圧に影響します。
【高血圧が身体にあたえる影響】
血管は、ゴムホースのように柔らかく伸び縮みする性質です。しかし、血圧が高い状態が続いた場合には、血管は常に圧力を受け続けます。その結果、血管は徐々に厚くなり、柔軟性を失って硬くなってしまいます。これが動脈硬化です。動脈硬化は、脳卒中や心臓病、腎臓の病気などの原因となることがあります。
骨粗鬆症
骨粗鬆症は、骨の量が減少し骨が脆くなってしまう病気です。骨の丈夫さには、骨質と骨密度が関係します。骨質は骨の内部構造や材質を指し、骨密度は太さや硬さのことです。
血糖値のコントロールが不十分な場合、骨質が低下します。これは、骨を作る細胞の働きが悪くなったり、骨を壊す細胞の活動が活発になったりすることが原因です。
【骨折が起こる理由】
たとえば骨を木の枝として考えた場合、枝の強さは内部の芯の質とそれを囲む樹皮の密度によって決まります。この2つがしっかりしていれば、枝は風や重みにある程度耐えられるでしょう。ただし、内部が虫食いだったり腐っていたりした場合には、枝は耐えきれず簡単にポキンと折れてしまうかもしれません。
同じように糖尿病の方は骨密度が正常であっても、骨質の低下により骨折リスクが高くなります。1型糖尿病の方では骨折リスクが3~7倍、2型糖尿病の方でも1.3~2.8倍になると言われています。
転倒リスクがあることも骨折しやすい要因です。糖尿病に伴う神経障害や視覚障害は転倒を誘発するため、注意してください。
【予防と治療】
骨折を予防するためには、糖尿病の治療をしっかり行い、血糖コントロールを良好に保つことが大切です。バランスの良い食事や適度な運動も骨を強くするのに役立ちます。骨粗鬆症が進んでいる場合は、治療薬を使用することもあります。
糖尿病の薬の中には、骨折リスクを高めるものがあるため医師と相談することが重要です。
皮膚症
糖尿病の方の皮膚は乾燥しやすいため、バリア機能が弱まり、かゆみや湿疹が現れやすくなります。搔きむしって傷をつくらないように注意してください。
【原因】
糖尿病の方の肌が乾燥しやすい理由には、いくつかの要因があります。一つめの要因は、血糖値が高い状態が続いた場合、余分なブドウ糖を尿として排出しようとし水分も一緒に失われるためです。結果として脱水状態になり、皮膚の乾燥を引き起こします。さらに、糖尿病による神経障害が発汗を減少させ、皮膚の水分保持能力が低下します。
タンパク質とブドウ糖が結びつく糖化も乾燥しやすい要因の一つです。皮膚細胞がダメージを受けるため、皮膚の老化や機能低下、そして乾燥の原因になります。糖尿病による脱水と神経障害が皮膚の乾燥を引き起こす主な原因です。
【対策】
冬は空気が乾燥し暖房の使用も増えるため、皮膚の乾燥には注意しないといけません。乾燥した肌は傷がつきやすく、細菌やウイルスの侵入口となり得ます。血流障害も合わさると、傷の治りが悪くなります。糖尿病の方は、小さな傷から感染症が起こりやすいため、小さな傷でも避けてください。
肌の乾燥を防ぐためには、保湿剤を使って肌を潤し、バリア機能を回復させることが大切です。かゆみが出たら、肌を掻かずに保湿剤でケアすることで、悪化を防ぎましょう。
そのほかの合併症(部位に及ぶもの)
糖尿病による障害は、全身のいたる部位に影響します。糖尿病神経障害で紹介したものも含まれますが、以下のような合併症にも気を付けましょう。
• 排尿障害
• 性機能障害
• 白内障・緑内障
• 胃腸障害(胃不全まひ、便秘・下痢)
ここでは、排尿障害と胃腸障害である胃不全まひについて紹介します。
排尿障害
糖尿病の影響として、尿の出る経路である下部尿路に障害が起こることがあります。この障害は、糖尿病性神経因性膀胱と呼ばれています。約80%に発症し、多くの場合で症状が表れません。
この下部尿路機能障害は、膀胱の感覚や動きをコントロールする神経の障害が原因です。また、尿が多くなることで尿路の壁や筋肉に変化が生じたり、脳の機能障害がある場合も要因にもなります。
【症状】
進行した場合は膀胱がいっぱいになっても、その感覚が鈍くなってしまいます。そのため、膀胱が普段よりも大きくなってしまうことがあります。尿を出す力も弱まってしまうので、トイレに行ってもスッキリしません。排尿後に尿が残ってしまう量が増えてしまいます。
排尿時の問題だけでなく、昼間や夜間の頻尿、急な尿意、尿失禁などにも悩まされます。これは、糖尿病による高血糖が原因です。
糖尿病に関連する下部尿路症状についての研究では、平均年齢60.8歳の方に尿勢の低下、排尿途絶、排尿遅延、腹圧排尿などの排尿症状が38~71%で認められました。また、昼間や夜間の頻尿、尿意切迫感、尿失禁などの蓄尿症状も38~55%で認められています。
胃不全まひ
胃不全まひは、胃の動きが鈍くなり食べ物が十二指腸へ移動するのが遅れる状態のことです。そのため、食べ物が胃に長時間留まることになります。胃の出口が狭い場合も似た症状が見られますが、これは胃不全まひとは異なります。
【症状】
食後に血糖値が予想外に変動する糖尿病の方は、胃不全まひかもしれません。診断には、食べ物が胃からどれだけ遅く排出されるかを測定する検査が必要です。胃不全まひの症状は、食後の胃のもたれ、すぐに満腹を感じること、胃痛があります。また、吐き気や嘔吐を訴える方が多いことも特徴です。
【原因】
胃不全まひは、胃の動きを制御する神経の異常が原因です。胃の運動を調節する自律神経や、胃の筋肉を収縮させる神経が正常に機能しないことで起こります。
【対策】
現在のところ、治療法はありません。そのため、薬を使って症状を和らげる方法が用いられます。また、血糖コントロールが重要です。血糖値が安定すれば、症状も軽減されるといわれています。
胃に負担をかけない食生活が大切です。食事はよく噛んでゆっくり食べ、量を控えめにし1日に何回かに分けて食べましょう。脂肪分の多い食品は避け、胃に優しいおかゆや豆腐、味噌汁などがおすすめです。
そのほかの合併症(精神、認知に関連したもの)
認知症やうつ病についても、糖尿病の方の発症が高いことが報告されています。そのため、無気力や物忘れなど日常生活での変化に注意しましょう。
認知症
糖尿病と認知症は、互いに影響を与え合う関係にあります。高齢になると、物忘れが増えたり、日常生活が難しくなることがあります。糖尿病がある方は、特に注意が必要です。
長期間にわたって血糖値が高い状態が続くと、脳の働きに影響を与え、記憶力や判断力などの認知機能が低下することがあります。すでに少し物忘れがある方は、さらに症状が進行し認知症になるかもしれません。
糖尿病の方はアルツハイマー病になる確率が約1.5倍、脳血管性認知症になる確率が約2.5倍になるそうです。また、糖尿病の治療で低血糖を引き起こすと、認知症のリスクも高くなります。
【対策】
認知機能が低下すると、糖尿病の薬の管理や食事、運動の管理が難しくなるため糖尿病が悪化することもあります。認知症の予防や進行を遅らせるためには、血糖値を適切に管理し低血糖を避けることが重要です。また、高血圧や脂質異常症などはリスク要因のため、生活習慣にも注意しましょう。
認知症の早期発見には、日常生活の変化に注意を払うことが大切です。たとえば、外出や買い物、料理、お金の管理が難しくなったり、薬の管理やインスリン注射が上手くできなくなったりすることがあります。変化に気づいたら、早めに医師に相談してください。
うつ病
糖尿病は、ただ血糖値が高いという身体の状態だけではありません。心にも影響を及ぼすことがあります。糖尿病と診断されたり、治療を続ける中でさまざまな感情に直面することがあります。怒り、否認、恐怖、罪悪感、そして深い悲しみや苦しみなどは糖尿病を抱える方にとって一般的な反応です。
これらの感情は一時的なもので、時間が経てば改善します。しかし、中には長期間にわたって心の不調に苦しむ方もいます。このような状態が続く場合、うつ病の可能性を考慮することが重要です。
日本では、約15人に1人が生涯に一度はうつ病を経験すると言われています。糖尿病のあるかたは、そうでない人に比べてうつ症状を持つ確率が約2倍高く、約10%の人が専門的な治療が必要なうつ病を患っているとされています。
【症状】
うつ病は、ただの悲しみよりも深く、日々の生活に影響を及ぼす状態です。心が重くなり気分が落ち込み、普段の活動に対する興味が失われ、何もかもが面倒になります。食欲がなくなるか、逆に食べ過ぎてしまうことも症状です。眠れなくなり、体が落ち着かず、動作が遅くなることもあります。自分を責め、集中ができません。最悪の場合、生きる希望を見失うこともあります。こういった症状が2週間以上続く場合は、うつ病の可能性があります。
糖尿病の方がうつ病になると、意欲や集中力の低下が影響し、糖尿病の治療が困難になるかもしれません。また、身体にも影響を及ぼすため、ホルモンや自律神経の機能に影響しインスリンの作用が弱まることがあります。
【治療】
糖尿病の診断を受けた場合や治療法の変更、特にインスリン治療の開始はうつ病を引き起こす可能性があります。重症の合併症の発症や血糖コントロールの不良、不安定さもうつ病のリスクを高める要因です。
うつ病の治療には、いくつかの方法があります。抗うつ薬は、気分を改善するための薬です。認知行動療法は、ネガティブな考え方を変えるためのカウンセリングになります。これらを別々に、または一緒に行うことがあります。ただし、どの方法が効果があるかは人によって違うため、まだはっきりとした答えはありません。
大切なのは、医師や専門家と相談しながら、自分に合った治療を見つけることです。精神的な健康は、糖尿病の治療において重要になります。